瞑想会について

掛け軸

阿字観本尊

阿字観の成立は密教の主要教典である『大日経(だいにちきょう)』『金剛頂経(こんごうちょうぎょう)』や、真言密教の祖師である龍猛菩薩(りゅうもうぼさつ)の菩提心論(ぼだいしんろん)にその典拠があるものの、正式に阿字観について述べられているのは、弘法大師、空海が口述したものを、その弟子である実慧(じちえ)が記録したとされる「阿字観用心口決(あじかんようじんくけつ)」が始めの事です。

即ち、現代に伝わる阿字観という瞑想法は、弘法大師を始めとして千二百年の時を越え、今皆様に伝えられる日本で生まれた瞑想法ということであります。

阿字観瞑想の実践は、本尊である大日如来の象徴である阿字観掛け軸の前に座禅し、本尊のお心を自分自身が受け入れさせて頂くことを心で観じ、曼荼羅世界に入っていくという密教独特の瞑想方法です。

阿字観は簡略的な瞑想法でありながらも、大日如来のお心をいただく奥深い瞑想法と言うことができます

瞑想は癒しや、リラックスでもなく、又刺激的な神秘体験を求めるためにするものでもなく、心のエクササイズでも、頭を整理するものでも無いと思っています。
私は瞑想は自分の心を確認することだと常に指導しています。
仏教や密教の悟りを表現するに「如実知見」とか「如実知自心」ということばがあります。

瞑想はありのまま自分の心を知ること、自分のこころをしっかりと見つめる作業です。
自分とはいったい何であろうか。仏の教えは私達に何を気づかせようとしているのだろうか。
瞑想を行い、仏教を学んでいく中で、自分の心の中で大きな気づきを得ることができるでしょう。

仏教を学ぶために「仏教聖典」を参考書として使用して解説しています。
瞑想会ではコピーを用意しております。
瞑想会で購入することもできます。

  • 静かになり、自然な呼吸を見つめます。
    微かな意識を、ただ呼吸だけを見つめるような意識状態にしていきます。
  • 雑念が生まれてきます。今の心の動きについて確認します。そして、その念を胸に納めるように想い、又呼吸に戻ります。
    雑念が悪いとか、良い考えが浮かんできたとかジャッジせず、瞑想を離れた時間も大切にするつもりで、ただ考えていたこと、それを認めて呼吸に戻ります。丁寧に行って下さい。
  • あくまでも、瞑想中は呼吸。それをみつめるだけです。
    幾度か、瞑想会にこられましたら、吐く息、吸う息に阿字の心を感じましょう。

この瞑想するにあたって、この様にお考え下さい。
幸運にも、私は密教の瞑想法に会う機会を得た。でも実際、私は凡夫にすぎない。覚りを得る。幸せを得るのに妨げとなっている心は何であろうか?
それはきっと、親しい人には親近感を持つのに、嫌いな人には嫌悪を抱くなどの分別をする。自分の価値観で判断してしまう。
そういった揺れ動く感情を持ち、そういった気持ちに常に影響されて生きているからであるからに違いない。
これを克服するため、慈悲心や、平等の心を持つ修行をしなくてはならないと。

夜空の満月を眺め、あるいは月輪観本尊を観じ、「我が心、即ち月輪」と感得し、さらには月輪となった心を無限に広げて仏の光明を確認する瞑想法。

梵字の「阿」の一字を観想し、仏のお心を頂く奥深い瞑想法。